2020-08-20



・あと5日ほどで20代が終わる。

30代を迎える時は何か記念のものを迎えようとずっと前から決めていて、定番ではあるけれどやっぱり腕時計かなぁなんてぼんやり考えていた。

もしも腕時計を買うなら、絶対ジャガールクルトのレベルソ、もしくはカルティエのタンクかパンテールと目星をつけていてたまに写真を眺めてどんなベルトにしようかなとかシルバーにするかゴールドにするか妄想したりして、あー早く30歳にならないかなぁなんて胸をワクワクさせていた時期もあった。

ところが、こんな状況下だからなのかもしれないけれど、困ったことに現在絶賛無欲モード発動中で全く欲しいと思っていない自分がいる。

ジャガールクルトやカルティエの時計を始め、ロエベのハンモック、エルメスのシェーヌダンクル、バカラのアルクールのグラスだったり、長年憧れているものは沢山ある。

憧れのものには違いないので、こういうまたとない節目に理由をつけて買ってしまえばきっとそれなりに嬉しいんだろうけど「それなりに嬉しい」のために何十万もするものを迎えられるほどの気っ風はあいにくまだ持ち合わせていない。

きっと今は迎えるべきタイミングではないんだろうなぁと、漫然と思う。

とりあえず、自分への誕生日プレゼントとして仕事用に新型iMac買っちゃおうかーなんて、色気のないことを考えている。



・「節目」に対して、年々どうでもよくなるなぁ。

自分の誕生日、大晦日から新年を迎える時、クリスマスやらなんやらのイベントごとも、だんだん過ぎ去る日々のうちの変わらない一日でしかなくなった。昔は日付が変わる30分前からソワソワしてカウントダウンしたり、0:00に異様なほどこだわって、その瞬間をジャンプしたりしてきゃっきゃしていたのに。

新しい元号が発表されるというもう今生で体験できるかわからないような瞬間も、平成から令和に変わる瞬間も爆睡をかましていたし、なんかこれでいいのかしらとたまに思う。

東京から静岡に帰るのが面倒だったからという理由で欠席した成人式も、24歳くらいまではたまに思い出して「振袖着て写真くらいは撮っておくべきだったかなぁ…」と思ってたけど今やもう思い出しもしなくなってしまった。

30歳になるって、自分の中で結構大きいイベントだと思っていたけど、今気持ちがびっくりするくらい凪だ。ただただ迎え入れる準備はできている、って感じで。

これでいいのか、わたし。笑

でも、節目ってきっと数字だけ見て迎えるものじゃなくて結果的に見てそうだったなって気づくものなんだろうな。振り返ると27歳がわたしのこれまでの人生で一番大きい節目だったから、きっとまた過ぎ去ってから気づくものなんだろう。

とりあえず30歳を迎えるにあたり、目標だけ立てておこう。

20代はとにかくいろんなものを見て知って経験して吸収することに必死だった。悩んで迷って遠回りして失敗して、時に暴走して後悔していろんな人を傷つけて、傷つけたことにも気づけないほど未熟だった。普通なら人がすぐ気づけることも学習せず、何度も繰り返したりなかなか抜け出せなかったり。何においても気づくのが遅かった。

27歳くらいを境に、自分が意固地になってこだわってたものが実はあれもこれもいらなかったんだとだんだん気づけるようになって、削ぎ落としていく作業に変わっていった。

理想や野望を挙げたら今もたくさんあるけど、進むべき道も明確になった。

30代は今の自分の周りにあるもの、本当に大事なものと誇りを大切に持って生きたいな。

20代はただがむしゃらに自分のためだけに生きたから、30代は自分以外の誰かのために生きたい。(29歳の誕生日の時も同じことを言ってたけど)

なんでもいい。好きな人でも家族でも植物でも動物でも、自分至上主義ではない生き方をしたい。自分の好きなことを、誰かの役に立てるようにやっていこう。それって最高な生き方だね。

それが30代の目標。30代はどんな漫画が描けるかな。




・毎年暑い季節になるとどうしても思い出してしまうあの体験を漫画に描いた。
バイト帰りの夜道、男に襲われた話。
もう10年以上経ってだいぶ傷も癒えたと思っていたけど、詳細を描くときは結構しんどくって、ああまだ全然自分の中に鮮明に残ってるんだなーと改めて思った。

この漫画に反応をくれた人たちの中にも同じような経験をされてる人が想像以上に多くて、それにもびっくりした。この漫画をみて「自分も」と声を上げてくれた人は世間のきっと限られたごく一部の人たちで、きっと今も怖くて言葉に出せない人や不幸中の幸いとは言えない目に遭ってしまった人も沢山いるのだろうと思うと胸がキュッとなった。

警察に通報しなかったという人も多くて、その沈黙をいいことに犯人が捕まらず今もなおのうのうと野放しに暮らしているのかと思うと恐ろしくて仕方がない。


なんでこういう事件がなくならないんだろう、と本当に心の底から思う。
性犯罪者に「罪の重さを知れ」と言ったところで、そんな想像力がないからこういうことができてしまうんだろうか。

時代が進んで男女平等な社会になりつつあるけど、身体的な力の面ではどうしても勝てない。そこを利用されて太刀打ちできなかったあの絶望の瞬間が、10年以上も経つのにトラウマとしてずっと心に刻みこまれてる。今日もどこかであの恐怖に襲われてる人がいるかもしれないと思うと本当に胸が苦しい。心から性犯罪がなくなって欲しいと思う。


何か自分の意見を発表するとき、ある程度の意見がくることはいつも覚悟しているけど、あの漫画にも「よくある話。夏休み明けの女子たちはみんな自分の痴漢体験を自慢大会のように話していたものです」「携帯見ながら自転車乗ってたけどひどい目にあったから正当化されますってことが言いたい漫画ですか?」「誘拐されたり乱暴されたりしないとスマホに夢中になって歩く馬鹿女は気づかないんだろう、警戒心も注意力もないダメ人間だなぁと呆れる」というクソリプザイヤー2020大賞レベルの反応が来た時には絶句した。


この問題の根深さというか、ごく少数とは言えどこういう声が存在するから自分の中の恐怖をごまかしたり言えなくなって抱え込んでしまう人が出てきてしまうんじゃないのかと、今回の一件でまざまざと思い知った。


あの漫画を中国語に翻訳してフェイスブックで紹介していいですかと持ちかけてきてくれたり、ネットニュースで記事に取り上げて注意喚起してもいいですかといくつかの声をいただいた。

わたしのできることって些細なことかもしれないけど、あの漫画をきっかけに身を守る意識が変わったり、ひとりでも被害に遭わなくて済む人が増えますように、と思う。

防犯って絶対「やりすぎ」なんてことはなくて、変なやつは本当に予測せぬ隙をついて襲いかかってくるから、みんなやりすぎってくらい気をつけて欲しいな…










2020-08-13

folklore






先月末リリースされたテイラー・スウィフトの新譜、"folklore"を流しながらこれを書いている。


テイラーは昨年リリースしたアルバム"lover"のツアーフェスをこの夏予定していたが、今回の新型コロナのパンデミックによって全ての公演が中止になった。

世界中の人が自粛生活を余儀なくされ、楽しみにしていた予定もなくなり静かな時間が過ぎていた中、突然こんな言葉が彼女のインスタグラムに投稿された。


「この夏わたしが計画していたことはほとんど実現しませんでした。けれど、もともと計画していなかったことが実現しました。わたしの気まぐれ、夢、恐怖、空想を注いだ8枚目のアルバム、"folklore"(民間伝承、言い伝え)です。」



「これまで、作品を発表する時は完璧なタイミングを計算してきました。しかし、今わたし達が生きるこの時代には保証されたものなど何もないことを思い知りました。わたしの中にある何かが、愛しいと思える作品を生み出したならすぐに世界に発信していくべきと言っている気がするのです。不確かな側面ですが、わたしはその直感を受け入れることにしました。」

と綴り、いきなりなんの事前告知もプロモーションもなく、突然数時間後に16曲入りの新譜をリリースすることを発表したのだ。


わたしはもう、それはそれは驚いた。

ちょうどその時わたしはインスタグラムの質問箱で、「テイラーの好きなところはどんなところですか」という問いに答えていたところだった。そこに突然この報せが舞い込んだから仰天した。



この臨場感。笑
あまりの感情の昂りに、2枚目を書いている時のことはもうほとんど覚えていない。

以前、自身のドキュメンタリー映画の中で「わたしのスケジュールは2年先まで埋まっている。もうすぐ来年のスタジアムのツアー日程が決まる。無計画な行動はできない」と言っていたテイラー。

そんな彼女が、この半年足らずの静かに内に篭っていた時間で、頭の中にさまざまな空想を浮かべペンを手に執り、この驚異的なスピードで一枚のアルバムが完成したというのだ。


さらには、ロックダウン中の4月からアルバムの制作に取り掛かり、アーティストたちに楽曲制作をリモートで行いませんかとオファーの連絡を持ちかけ、医療検査官の厳重な監修のもとでヘアメイクや衣装スタイリング、監督をも自身で務めながらミュージックビデオを撮影し、完全なソーシャルディスタンスを保ちながら、身近な人にも秘密にして黙々と制作していたというのだから、驚いた。


ファンはもちろん、テイラー本人さえも生まれることを予想していなかったこのアルバム。


青天の霹靂のようなこのニュースは瞬く間に世界中で話題騒然となったが、またその内容が想像をはるかに超えるほどの完成度の高さで、あっという間にミリオンセラーを記録。
今まで見たことないほどの勢いで各方面絶賛レビューの嵐となった。

これまで、テイラーは新しいアルバムを出すたびにまるで生まれ変わるような新しい姿勢を積極的に取り入れてきた。

そこには彼女の根っこの部分にある「皆を楽しませたい」という想いがあると思うのだけれど、当然ながら毎回賛否がついてまわっていたように感じる。

新しいことを取り入れたら、「前の方が良かった」という人が現れるのは当然のことだ。

しかし今回リリースした"folklore"は、こんなに絶賛の声しか見かけないのは珍しいなと感じるほど、ファンだけではなく各界の音楽評論家たちからも軒並み絶賛の嵐だった。


「テイラー・スウィフトのサプライズ・アルバム“folklore”は彼女の最高傑作だ」

「ロックダウンとは音楽とミュージシャンにとって恐ろしい瞬間だったかもしれないが、テイラー・スウィフトにとってはこれまでのアルバムの中で最もパワフルで成熟したものを生み出す結果となった」

「私たちの何人かは、テイラーがこのようなアルバムを作ることを何年も夢見てきたが、誰もこれほど素晴らしいものになるとは夢にも思っていなかった。彼女の最高のアルバムだ」

「スウィフトは普通のポップスターではない。そして普通のソングライターでもない。彼女の作品は、ポップ・ファンだけでなく、ソングライティングの専門家からも常に尊敬されている」

「間違いなくロックダウン時代の最初の偉大なアルバムだ」

「真実を見たくなかった人でも今は認めるだろう、テイラー・スウィフトはアメリカで最も偉大な現役ソングライターの一人だ」


一見少し大袈裟すぎるのでは…!?と思うくらいの絶賛の嵐。だけど一度聴いたらそれも頷けるほど、ファンの贔屓目を差し引いても傑作と呼ぶにふさわしい素晴らしいの一言に尽きる一枚だった。


全体を通してどこかノスタルジックを感じさせる雰囲気で、「これはテイラーのこと?」と思わせるドキッとするような歌詞もあれば、まるで物語の一節を読んでいるような難解な比喩が込められた歌詞もたくさんあった。


テイラーが若い頃に購入した大豪邸をかつて所有していた大富豪の女性の暮らしを描いた歌 "the last great american dynasty"や、

3人の男女を登場人物に見立てて3曲をそれぞれの視点からの三角関係を描くという新しい試みを用いた"cardigan"、"august"、"betty"、

テイラーの祖父が第二次世界大戦時に出征したガダルカナル島での出来事と今回のコロナウイルスのパンデミックの最前線で働く医療従事者の想いを重ねた歌 "epiphany"など。



全曲アコースティックギターとピアノが基調で、曲調も淡々としていて、とてもシンプルな構成。だけどとても重厚で複雑さを感じさせる、不思議なアルバムだった。

輪郭がつかめない曖昧な描写も多く、このアルバムのすべての意味を完璧に理解できないことをもどかしくも感じた。

でも、それでいいんだと思う。
テイラーの空想がきっかけで生まれた作品なのだから、それで当然なんだと。
だからこそ癒され、この作品の美しさが際立つのだと。


暗いニュースが騒がしく続きトンネルの抜け道がまだ見えない今、現実から逃避=空想に耽ることで彼女の本来得意としていたストーリーテリングの才能が完全に開花し、そこに彼女のソングライティングの能力とこれまでに磨いてきたスキルが組み合わさったおかげで、今回一切の無駄なものがない彼女の魅力がぎゅっと凝縮されたこの作品が、最高の形と最高のタイミングで生まれたのだ。


予期せぬ事態が幾多に重なって生まれた、まさに奇跡のような瞬間に立ち会えたんだと感じた。

わたしは彼女の、昔からどんな逆境も一貫して音楽で昇華させていくところが本当に好きだ。汚れず、折れず、だけど柔軟に、新しいものを生み出さずにはいられない真っ直ぐなその姿勢が本当に本当に素敵だと感じる。

底なしにどこまでも輝く彼女の魅力には尊敬の念を抱かずにはいられないのだ。


そして今、そんな彼女が生み出してくれた音楽を、健康な身体で聴く自分がいること。
それが本当に嬉しくて、当たり前ではなくとてもありがたいことなのだと噛み締める。


はあーもうだめ、取り繕うのはやめよう。

なんだかこうやって文章にすると、どうしても形式的なものを気にした口調になってしまうけど、要するにテイラーさんあなた本当にすごいよ、好きです、大大大大大好きですと、ありったけの溢れ出る想いをタイピングに込めたくなってしまう。


十数時間後にリリースされますよと告知された直後、体に巡るアドレナリンは最高潮に達し、寝る時間も削って今回の"folklore"のイラストを10枚以上描き続けたあの最高な時間を忘れない。

素晴らしい作品を届けてくれてありがとうテイラー。






























2020-08-12

そじ

 長かった梅雨も明けて、やっと夏らしい暑さがやってきた。

うだるような暑さの夏はやっぱりどうしても好きになれないけど、あの「今日こそは今日こそは…」とカーテンをシャッと開けるたびに曇り空と雨にがっかりしていた日々を振り返ると、カラッと晴れているだけで気持ちが明るくなって、まぁ夏もそんなに悪くないなと思う。


ここ最近はというと、相変わらずどこを出かけるにもマスク着用だし、電車に乗って出かけるのは月に一度の歯医者くらいだし、考えることといえば家の中をどう充実させるかとか明日の夕飯の献立は何にしようだとか、すっかり「生活」が中心の日々。

あんなに毎シーズン情報を追っていた大好きなコスメのこともなんだかちょっと疲れてしまい、コスメレポの漫画連載もこのコロナ禍を理由に少しの間お休みさせてもらっていたので、これはちょっとひと休みするちょうどいい機会じゃないかと思いあまり積極的には追わず、そっと傍に置いていた。


もともと自分は、お気に入りのレストランでは変に新しいものに冒険せず「いつものメニュー」を頼んだり、とっておきの一つがあればそれをしばらく飽きるまで使い続けたい性格だったはずで、好きなものがただ一つあればいいなと思うし、それを大事にしている時間も好きだった。物質的な豊かさより、知識や経験や感動こそが本当の意味で自分を豊かにしてくれる、それは昔も今も変わらず思うこと。


それがいつの間にやら、ひっきりなしに溢れる「可愛い」「限定」「新作」の情報に追われ、はい次!はい次!と「常に新しいものをキャッチしないといけない」と言う強迫観念みたいなものになっていたことに気づいた。それは自分の性に合っていなかったんだなと考え直すいい機会にもなった。

それから最近は、新しい情報は自分から追いかけないようにして買うものも最小限にして、そういう生活が結構心地よかった。


この間、昔から好きな色のリップが廃盤になるとたまたま知ったのがきっかけで、ルナソルのページを見てみたら、この秋に出る新しい商品がまぁとっても素敵なものばかりで、久しぶりにこれでお化粧がしたい!と心が躍った。

こういう発見こそが特別に感じたし、縁を感じた。そして久しぶりに、「ああおしゃれをするって楽しい!」と思うことができてとても嬉しかった。

まるで宝物を見つけたようなこの胸の高鳴りは、頻繁に感じられるものではなくたまに出会えるものだから良くて、追わずとも巡りあうものだからこそひとしおに嬉しく感じるんだなと思った。

今年は今まで生きてきた夏とは何もかもが全く違う夏だけど、こんな風に見失いかけてたことが思い出せたり、いつの間にやら自分が無理してたことにも気付けたり、悪いことばかりではない気がした。

退屈だったり窮屈だったり悪いことばかりが目につくけど、そんな中でも生き生きとした気持ちでいられる方法を見つけよう。

あと半月で20代が終わる。

それまでにできるだけ本来の自分の素地を取り戻した状態で新しいスタートを切れるようにね、明るい気持ちになれたこととか嬉しかったこと、できるだけ記録していこう。

ブログももっと気軽に書こう。

今日思ったことは今日のわたしにしか書けないんだから。



2020-06-18

無味乾燥の部屋


わたしは部屋づくりのセンスがない。

自分の欲しい情報をいつでもどこでもインターネットから引き出せるこの時代、着る服もメイクも音楽も料理のレシピも食器も、「なんとなく自分はこの感じが好きだな、これはちょっと違うな」っていう取捨選択がいくらでもできる中で、昔から唯一その感覚をうまく掴めないのが部屋づくりである。


どんなテイストが好きとか嫌いとか以前に、正解がない上に組み合わせが無限大すぎて何をどう揃えれば完成形なのかがよくわからない。全然ピンとこない。

ピンタレストやインスタなどで素敵なお部屋の写真や、統一感のある暮らしを送っている人たちを見ると、すごいなーと羨ましく感じてしまう。

部屋はその人の性格や心理状態を映すと言うけれど、そもそも自分の心理状態の映し方すらわからないのである。



見よ、このザ・無難オブ無難な部屋を。
イケアと無印良品をぎゅっと凝縮したようなシンプルさを。(イケアと無印が悪いって言いたいわけではない。大好き)


今の部屋は誰からも何の感想も持たれないような無難っぷりだけど、数年前のわたしの部屋はとにかくひどかった。

「わぁーこれ素敵ー」と感じるたびによく考えもせず手当たり次第いろんな物を買ってたら、家中の物たちがお互いの持ち味を殺し合い、それはそれは悲惨な状態になっていった。


当時は西海岸テイストが流行っていて、その影響でロンハーマンやWTWで買ったサーフカルチャーテイストな雑貨小物を買い漁ったと思いきや、unicoでほっこりカントリー感のあるテレビボードとテーブルを買い、そのテレビボードの上には真っ赤なsupremeの小物入れを置き、その隣にはニコライバーグマンのプリザーブドフラワーとサンタマリアノヴェッラのポプリ、レトロなモケットグリーンのカリモクチェアの隣には無機質な真っ白のイームズチェア(しかもどでかいVANSのステッカー貼ってて意味不明)、デスクの上には蚤の市で買ったラブリーなアンティークのペン立て、ベッドにはペンドルトンのネイティブ柄のブランケット…

もうこれを打ってて恥ずかしくなってくるほど、とにかく全てがちぐはぐで、インテリアのバトルロワイヤル、まるで合戦場のような状態になっていた。


当時付き合ってた恋人に「お前ってインテリアのセンス本当にないよな」と言われ、何も言い返す言葉がなくその傷が今もわたしの中に根深く残っている。

そして時が流れた今、その反省を生かし(?)こんなに無難で無味乾燥で、良くも悪くも無個性でありふれた部屋しか作れなくなってしまったのだ。


ベッドシーツひとつ買うのも「これはまた全体的なまとまりをぶち壊してしまうんじゃ…」とビクビクして、とりあえずシンプルなものを買っておけば大丈夫という安全牌を進むようになっていたのだけど、もうそろそろわたしは生まれ変わろうと思う。


コロナウイルスの流行で「部屋」という空間がより身近で、唯一自分を守ってくれるシェルターのように感じた今こそ、この無難の呪縛から抜け出したいと強く思った。

正直、今も自分が目指す部屋がどんな部屋なのか、何を買ったらいいのかよくわからない。
とりあえずもうあんな合戦場にだけはならないよう、それだけはくれぐれも気をつけて、手探りで部屋を完成させていこうと思う。



意欲が燃え上がったので、もう廃刊になってしまったけど昔毎月買っていたMAISHAという素敵なインテリア雑誌のバックナンバーも探して購入した。(この雑誌、フランフランが発刊してたんだけど海外のおしゃれなお部屋や業界人の部屋特集、東京に一人暮らしするおしゃれな女の子の部屋とかとにかく隅々まで読みたくなるナイスな特集ばかり組んでて素敵だったんだ。丸山敬太さんのアトリエ特集が特に記憶に残ってる)


わたしが今日この無難な部屋に仕上げたのはきっとこの日を迎えるためにわたしはこんなにシンプルな部屋を作ったんだ、これから素敵な色で彩っていくための真っ白のキャンパスを整えたんだ!と思うことにした。

とにかく色だ。わたしの部屋には色が必要。



というわけで、早急に欲しかった食器棚を小手調べに探し回り、形も値段も幅も高さも収納力も良い感じの無垢材の食器棚とシェルフを見つけ、ペンキで好きな色に塗ることを決めた。


集合住宅だし、窓開けて塗ったら近隣の人に臭いが迷惑かな?室内で塗ったら気持ち悪くなるかな?と心配だったけど、調べてみると室内塗り用のペンキという便利なものがあることがわかった。水性ペンキだと水で薄められて匂いもきつくないから、家具や壁に塗る際に向いているんだそうな。

そんなこんなで今日は塗る色をどれにしようか考えていた。









この辺が有力候補。グリーンか、グレーが最有力かなー。
ペンキのカラーチャートを眺めているだけでわくわくする。DIYはおろか、簡単な家具の組み立てすら大嫌いだったけど、彩りのあるお部屋と、お皿のためなら頑張れる。
実家から新聞紙を大量に持って帰ってこないと。


そうそう、食器棚といえば、最近買ったお皿のことも書かないと。



つちやまりさんのお皿。
わたしが初めて買った、作家もののお皿。
インスタでいろんな器を見て、「素敵だなぁ欲しいなぁ」と思うお皿をたくさん見つけたけど、つちやまりさんの作品を見てなんとなく直感で「これはわたしが買う初の作家さんかも…!」と思った。そしたらまもなくして個展の開催を知り、ドキドキしながら足を運んだ。










なんと素敵なお皿たち。一つ一つ丁寧に繊細な絵入れがされていて、見とれてしまった。
ご本人が在廊されていたので、「作家さんのお皿に憧れてて、今まで工業製品のお皿しか買ったことがなかったんですけど、つちやさんの作品を見て絶対欲しい!と思って今日初めて買いに来ました」と伝えたら、つちやさんもその場にいたお客さんもギャラリーのスタッフさんも、「素敵ですね」「記念すべき作家物デビューの日ですね!」と言ってくれた。

じめっとして空が暗い天気の日だったけど、嬉しくてカラッと晴れたような気持ちになった。
雨が降り出す前にと、大事に抱えながら足早に帰った。





これは沖縄のやちむんのお皿。と、ずっと欲しかった辻本路さんの素敵な十字の箸置き。やちむんのお皿は残り4枚だったところをオンラインストアで見つけて購入したのだけど、支払い手続きが終わった時にはもう完売していて、危なかった。
模様がとっても素敵で、厚みがあってしっかりしてて、安定感も抜群。
大事に扱わないとすぐ壊れてしまいそうな繊細なお皿もその儚さが素敵だけど、これは土のどっしりとした力強さが感じられて、そこにもまた惚れ込んでしまった。オンラインストアで買うときは厚みや感触はわからなかったから、手に取った時の喜びもひとしおだった。
コロナが落ち着いたら、読谷村の工房がずらっと並んだやちむん通りに絶対行きたい。






イホシロ窯のかわいすぎる箸置きと、母からもらった南部鉄でできたピーナッツの箸置き。
箸置きひとつしか持ってなかったのに、ここ1ヶ月でものすごい箸置き充になってしまった。いっぱいに詰まった箱の中から、今日はどれを使おうかなと選ぶ時間が楽しい。小さな幸せ。








これは料理に使う器ではないけど、パロサントを置く用のプレートを探してて入荷を待ってたMixed Needのお皿。入荷の情報が入り、すぐさま幡ヶ谷のBULLPEN SHOP(抜け感のあるおしゃれなセレクトが素敵なお店)へ。

アメリカのポートランドに住む女性が自宅のアトリエで一つ一つ作っていて、絶妙な淡い色合いとなんともいえないテイストの絵で、形のいびつな感じもまた可愛くって選びきれず2枚購入。ひとつは作業デスクの横のシェルフに、もうひとつはベッドのサイドテーブルに。


この世界にはまだまだ素敵なお皿があって、素敵な作家さんに溢れてて、わたしは全然まだビギナーのペーペーではあるけれど、すっかり器の世界に魅了されてしまった。(今は小鹿田焼の7寸皿と、大聖寺伊万里の九谷焼の小鉢が欲しくて探しているところ)


でも我が家にはもう食器をしまえるスペースがない。なので収納力のある食器棚をこさえる必要がある。どんなに素敵な食器で料理を彩っても、使い終わって出しっぱなしにするなんてあまりにもお皿に申し訳が立たない。

というわけで話は戻って、早急にキッチン収納を完成させなくてはなのだ。それまではもう新しいお皿は買わない。買えない。ここで自分にルールを課す。

部屋に色を、
消去法の家具選びはやめる、
食器棚を買うまでお皿を買わない。


やるぞ!


長くなった。







2020-05-03

だらりと


のんべんだらりと書いていく。


・今、煮物を作るためのひじきを水に戻している間にこの日記を書いている。
最近ごはんを作るのがとても楽しい。
もともと料理するのは嫌いじゃなかったけど、誰かのために作るのではなくて自分のためだけに、自分の身体に直結するごはんをこんなに毎日せっせと作るようになったのは初めてのことで、それがなかなか楽しい。

どんなに忙しい日も、締め切り明けのボロボロの日も、この半年間はコンビニごはんを一度も食べなかった自分を褒めたい。次は1年を目指そうと思う。





作ったものをインスタグラムに記録して見返していると、こんな時だからこそ、自分の血となり肉となるものをよりダイレクトに感じるというか。

まあこんなこと言いつつジャンクフードも松屋の牛丼も大好きだし、上質なものだけを取り入れよう!っていう意識は全くとして低いのだけど、一生のうちに何回「美味しい」と感じることができるか、もはやこれはひとつの勝負だなと思う。美味しいって幸せだよな。
痩せて好きな洋服が似合う身体になることも嬉しいけど、「ああ美味しい!」と感じられることや「美味しかった!」って思い出が生まれることの方が全然幸福度が高いもん。(完全にデブの思考)

でもやっぱり自分の料理の腕前では限界があるので、早くプロが作る美味しいごはんをのびのびした気持ちで外食できる日が来てほしいなと思う。




・いつか行ってみたいと思っていた益子陶器市が、今年はウェブで開催されるというので、「わーい今年は参戦できるぞ!」と思い嬉々として作家さんのことなど色々調べたりしていたのだけど、器の世界のあまりの奥の深さに絶句した。

なので、人気の作家さんやブランドなどの事前学習は一度抜きにして、自分が「これ素敵!」と思ったものを買おうと決めて参戦したのだけど、窯出しの時間5分前にスタンバイしてオープン後すぐババっとカートに入れて一目散に住所入力したのにその間にあっという間に売り切れてしまった。甘かった。こんなにも熾烈な争いだったとは。


器の世界、珈琲の世界、古着の世界、ワインの世界に共通しているなーと思うことがあって、入り口はかなり広くて大衆的で生活のかなり身近にあるものなのにあまりに奥行きが深すぎて突き詰めていくためのきっかけがなかなか掴めないこと。ハマってしまったら最後、お財布的にも結構大変なことになりそうなのもあってなかなか覚悟が必要なところも共通してる。笑

詳しい人の教えを乞いたいよ。どこからみんなきっかけを掴んで深みにはまっていくの。


昔、通っていた専門学校に「彼は日本一服の歴史に詳しい」って言われている有名な服装史の先生がいて、その頂に到達するまでにこの先生はどれだけの好奇心と探究心を持って勉強してきたんだろうって、授業よりもその先生の生き様が知りたいと思ってしまったことをふと思い出した。(授業中よく寝てしまったこと悔やんでる。先生本当にごめんなさい)

だって、服の歴史なんてさ、もうとんでもないくらいの変遷があって、時代背景があって、ルーツがあるものなのに。それを突き詰めるって想像できないくらい大変なことだよね。

原宿の老舗の古着屋の店長さんがたまにやるインスタライブとか観てても、ヴィンテージの洋服に関する質問になんでもさらっと答えたり、知識をひけらかすことなく当たり前のように知ってたりするもんな。

どんな世界でも突き詰める人ってすごい。やっぱり「好き」って気持ちほど探究心を加速させるものはないね。なんでも広く浅く大好きな自分にはそんなことできるだろうか。




・10万円の使い道。をよくインスタライブなどで聞かれて、何がいいのかなぁ光熱費にでもあてようかなぁなどとぼんやり考えていたのだけど、近所の個人経営のごはん屋さんでのテイクアウトに充てることにした。

この間、買い出しの帰りに近所の喫茶店の前を通りがかったら、店主のおじさんが掃き掃除をしていて「見てこれかっこいいでしょ」と店内を指差すので覗いてみると、レジ前に飛沫予防の透明なガードを立てていた。

「いつまでこんな状況が続くんだろうね」とおじさんが言うので、「やっぱりお客さんの入りとかも影響出てますか」と尋ねるとおじさんは「激減!1日の売り上げが300円の日もあるよ、これじゃ生きていけないよ」と嘆いた。

300円なんてさ、生活できないよね。そのお店はわたしがこの土地に引っ越してくるずっと前からあるみたいで、いつも常連っぽいお客さんたちで賑わっていたのを見ていたから、落ち込んだ表情をしてるおじさんを見てなんだか胸が切なくなった。テイクアウトできるというのでコーヒーを買ったら、「ありがとう!これで今日の売り上げはひとまず500円になった」と笑いながら言っていた。それもまた切なくなってしまった。

わたしがそういうお店で1000円、2000円使ったところで誰かを助けられることなんて一つもないのだろうけど、ささやかでも応援の気持ちとして給付される10万円は使おうと決めた。
個人で開いたお店ひとつひとつにその数だけの人の夢が詰まってるんだもんなと思うと本当に辛くなる。負けないでなんて軽はずみに言えないけど、こんな状況が早く過ぎ去ってほしいと心の底から思う。





・今更だけど(いや、何においても今更なんて作品はないよな)鬼滅の刃にすごいはまった。とっても面白い。みんな魅力的で嫌いなキャラクターがひとりもいない。単行本は年末年始の暇な時間に読もうと思って全巻買い揃えてあったのだけど、アニメ版はまだ見たことがなくて、一気に24話見た。いやーすごい、作画すごい。音楽も良い。

アニメってあまり見ることがなくて、わたしの中のアニメといえばまどマギとかクラナドとかシュタゲで止まってしまっていたのだけど、久しぶりにどっぷり見入って「日本のアニメすごすぎる…!」と心の底から感動した。(特に鼓の屋敷の回転シーンと、ヒノカミ神楽で累を倒すシーンなんてすごすぎて)

なんとかして本誌のネタバレを踏まないように、毎週月曜日にツイッターのトレンドに入ってくるお祭り騒ぎを回避するのに必死である。いや〜〜面白い。
早く続きが読みたい。秋公開の映画も、絶対観に行きたいから無事に公開されてほしい。炭治郎みたいな息子がほしい。