2020-05-03

だらりと


のんべんだらりと書いていく。


・今、煮物を作るためのひじきを水に戻している間にこの日記を書いている。
最近ごはんを作るのがとても楽しい。
もともと料理するのは嫌いじゃなかったけど、誰かのために作るのではなくて自分のためだけに、自分の身体に直結するごはんをこんなに毎日せっせと作るようになったのは初めてのことで、それがなかなか楽しい。

どんなに忙しい日も、締め切り明けのボロボロの日も、この半年間はコンビニごはんを一度も食べなかった自分を褒めたい。次は1年を目指そうと思う。





作ったものをインスタグラムに記録して見返していると、こんな時だからこそ、自分の血となり肉となるものをよりダイレクトに感じるというか。

まあこんなこと言いつつジャンクフードも松屋の牛丼も大好きだし、上質なものだけを取り入れよう!っていう意識は全くとして低いのだけど、一生のうちに何回「美味しい」と感じることができるか、もはやこれはひとつの勝負だなと思う。美味しいって幸せだよな。
痩せて好きな洋服が似合う身体になることも嬉しいけど、「ああ美味しい!」と感じられることや「美味しかった!」って思い出が生まれることの方が全然幸福度が高いもん。(完全にデブの思考)

でもやっぱり自分の料理の腕前では限界があるので、早くプロが作る美味しいごはんをのびのびした気持ちで外食できる日が来てほしいなと思う。




・いつか行ってみたいと思っていた益子陶器市が、今年はウェブで開催されるというので、「わーい今年は参戦できるぞ!」と思い嬉々として作家さんのことなど色々調べたりしていたのだけど、器の世界のあまりの奥の深さに絶句した。

なので、人気の作家さんやブランドなどの事前学習は一度抜きにして、自分が「これ素敵!」と思ったものを買おうと決めて参戦したのだけど、窯出しの時間5分前にスタンバイしてオープン後すぐババっとカートに入れて一目散に住所入力したのにその間にあっという間に売り切れてしまった。甘かった。こんなにも熾烈な争いだったとは。


器の世界、珈琲の世界、古着の世界、ワインの世界に共通しているなーと思うことがあって、入り口はかなり広くて大衆的で生活のかなり身近にあるものなのにあまりに奥行きが深すぎて突き詰めていくためのきっかけがなかなか掴めないこと。ハマってしまったら最後、お財布的にも結構大変なことになりそうなのもあってなかなか覚悟が必要なところも共通してる。笑

詳しい人の教えを乞いたいよ。どこからみんなきっかけを掴んで深みにはまっていくの。


昔、通っていた専門学校に「彼は日本一服の歴史に詳しい」って言われている有名な服装史の先生がいて、その頂に到達するまでにこの先生はどれだけの好奇心と探究心を持って勉強してきたんだろうって、授業よりもその先生の生き様が知りたいと思ってしまったことをふと思い出した。(授業中よく寝てしまったこと悔やんでる。先生本当にごめんなさい)

だって、服の歴史なんてさ、もうとんでもないくらいの変遷があって、時代背景があって、ルーツがあるものなのに。それを突き詰めるって想像できないくらい大変なことだよね。

原宿の老舗の古着屋の店長さんがたまにやるインスタライブとか観てても、ヴィンテージの洋服に関する質問になんでもさらっと答えたり、知識をひけらかすことなく当たり前のように知ってたりするもんな。

どんな世界でも突き詰める人ってすごい。やっぱり「好き」って気持ちほど探究心を加速させるものはないね。なんでも広く浅く大好きな自分にはそんなことできるだろうか。




・10万円の使い道。をよくインスタライブなどで聞かれて、何がいいのかなぁ光熱費にでもあてようかなぁなどとぼんやり考えていたのだけど、近所の個人経営のごはん屋さんでのテイクアウトに充てることにした。

この間、買い出しの帰りに近所の喫茶店の前を通りがかったら、店主のおじさんが掃き掃除をしていて「見てこれかっこいいでしょ」と店内を指差すので覗いてみると、レジ前に飛沫予防の透明なガードを立てていた。

「いつまでこんな状況が続くんだろうね」とおじさんが言うので、「やっぱりお客さんの入りとかも影響出てますか」と尋ねるとおじさんは「激減!1日の売り上げが300円の日もあるよ、これじゃ生きていけないよ」と嘆いた。

300円なんてさ、生活できないよね。そのお店はわたしがこの土地に引っ越してくるずっと前からあるみたいで、いつも常連っぽいお客さんたちで賑わっていたのを見ていたから、落ち込んだ表情をしてるおじさんを見てなんだか胸が切なくなった。テイクアウトできるというのでコーヒーを買ったら、「ありがとう!これで今日の売り上げはひとまず500円になった」と笑いながら言っていた。それもまた切なくなってしまった。

わたしがそういうお店で1000円、2000円使ったところで誰かを助けられることなんて一つもないのだろうけど、ささやかでも応援の気持ちとして給付される10万円は使おうと決めた。
個人で開いたお店ひとつひとつにその数だけの人の夢が詰まってるんだもんなと思うと本当に辛くなる。負けないでなんて軽はずみに言えないけど、こんな状況が早く過ぎ去ってほしいと心の底から思う。





・今更だけど(いや、何においても今更なんて作品はないよな)鬼滅の刃にすごいはまった。とっても面白い。みんな魅力的で嫌いなキャラクターがひとりもいない。単行本は年末年始の暇な時間に読もうと思って全巻買い揃えてあったのだけど、アニメ版はまだ見たことがなくて、一気に24話見た。いやーすごい、作画すごい。音楽も良い。

アニメってあまり見ることがなくて、わたしの中のアニメといえばまどマギとかクラナドとかシュタゲで止まってしまっていたのだけど、久しぶりにどっぷり見入って「日本のアニメすごすぎる…!」と心の底から感動した。(特に鼓の屋敷の回転シーンと、ヒノカミ神楽で累を倒すシーンなんてすごすぎて)

なんとかして本誌のネタバレを踏まないように、毎週月曜日にツイッターのトレンドに入ってくるお祭り騒ぎを回避するのに必死である。いや〜〜面白い。
早く続きが読みたい。秋公開の映画も、絶対観に行きたいから無事に公開されてほしい。炭治郎みたいな息子がほしい。




2020-05-01

錆び

絵が上手くなりたい。話作りが上手くなりたい。面白い漫画が描けるようになりたい。

インプットすることってとても大切だと心底思う。家にこもって手の癖だけで絵を描いててはだめ、今までの自分の知識や経験や味わったことのある感情だけで描いてたらそんなのはあっという間に尽き、良い表現なんて到底できっこないんだなと最近切に思う。


世の中にはまだわたしが知らない星の数ほどの分野の知識があって、歴史上で起きた大きな出来事とか埋れてしまっている小さな出来事、名作と言われている数々の作品がある。まだまだ自分の知らないことがいっっっぱいある。そういうものを貪欲に取り入れて、触れようとしていかないとだめだー。アンテナを張ることを怠けていたら自分の感性も表現力もどんどん錆びて朽ちていってしまう気がする。

芸の肥やしというものが自分の中に存在するとしたら、自分は今からからの乾いた空き地みたいな状態だと思う。知識って自分から取り入れて耕して行かないと本当にだめ、知識の方から歩いてはこないんだわと、日々強く感じる。


自分が何を面白いと思うのか、自分が何に感動して、何を描いてる時が楽しいと思うのか。もっともっと深く考えよう。なんでいつもこうやって口では理路整然とわかっていますみたいな感じで言えるのに、いつまでたってもできないんだろうか。

最近朝ヨガの前に10分間瞑想をするようにしてて、目を閉じて自分を俯瞰で見つめてみたりするのだけど(まだ全然うまくできないけど)、わたしは自分のことについて真剣味と覚悟が足りてないんだと気付いた。


悔しい思いだったり不安になったりするたびに、ああもっとこうしよう自分にはここが足りないと涙が出てきたり、一丁前なことを言うのだけはできるのに、それをきちんとできた試しがない。本気度が足りてない、努力も圧倒的に足りてない。だからいつまでたっても自信がないし本物ですって胸張って言えない。悔しさだけ常につきまとう。

人生って一度しかないのに。やり直しも後戻りもできないのに、せっかく恵まれた環境を与えられているのに、何も生かせてないことにすごく腹が立つ。



「自分に与えられた能力を、いつの間にか人気や知名度を上げるために使っている人が多い」「自分ができること、したいことだけを一度クリアに考えること」「上に行くことばかりを考えるから地の底に落ちた時の恐怖が生まれてそれが足かせになる」って言葉の意味をきちんと考えよう。





2020-04-23

ないものあるもの



・生きていると、選択を迫られる時というのが節々にやってくる。きっと死ぬまでその繰り返し繰り返しなんだろうね。


答えの選び方や悩む具合はその時々で違うけど、自分の腑に落ちる答えは多分いつも一つしかなくて、それをどうにか現実問題と自分の間でちょうどいい落としどころを見つけていく。なんだか今も、ぼんやりとだけど、そんな感じの時が来ている気がする。


今までが豊かすぎて騒がしすぎて、いろんなことが本当にごちゃごちゃしてたけど、今は多くのことがとてもシンプルに、本来の自分を取り戻そうとしているような気がする。
自分はどこに向かいたいのか、何がしたいのか。何をしてる時に生きがいを感じるのか。何が成長と繋がっているのか、価値を感じるのか。


26歳の時も、こういう問いを自分に投げかけて、散々ぱら悩んで答えを出したことがある。わたしの今までの人生で一番大きな節目はきっとあの時だったと思う。今またこういう問いが自分の中に浮かび上がってきてるということは、きっとまたこれも未来につながる大きな選択になるからなのかなと思う。その繰り返し、その繰り返しなんだよな。


SNSは世の中の色々を知るのにとても便利で楽しいツールだけど、たまに雑音になってしまう時がある。昨日なんてまさにそうだった。


寝つきが悪い深夜の時間帯や心のゆとりがない時に覗くと、うっかり危ないゾーンに足を踏み入れてしまう。今までの自分がやってきたことが全て否定的に思えてしまうようなひどい精神状態になるので、とても危険。
素晴らしい人は素晴らしい、素敵なものは素敵。良いと感じたものをインプットをする、ただそれだけで自分の中で完結できたらいいのだけど、そうもいかないから難しいんだよね。


自分の人生も、今の力量も、今できることもこれからしたいことも自分にしかわからない。誰も代わりになってはくれないし、真剣になるのもいい加減になるのも自分次第だし、自信がないなら自信を持てるように変わりたい。その自信を持つための努力が、人よりも全然足りてない。自分の中の最初の直感を何より大事にしながら、後悔しないように時間を過ごしたい。物事を散漫とさせる色々が削ぎ落とされている今だからこそ、選べる答えがあると信じたい。




・仕事の合間に、去年の秋にお仕事で行かせてもらったフランスでの思い出を漫画に描くことが最近のひそかな楽しみである。

半年以上も時間が経ってしまって、忘れてしまったこともポロポロあったけど、たくさん撮ってあった写真を見返しながら順を追って漫画にしていくと芋づる式にどんどん記憶が蘇ってきて、すぐにタイムトリップすることができた。

今どこにも行けないこんな大変な時だからこそ、遠くの地に恋い焦がれてしまって、切なくなった。あの瞬間の乾いた空気や風の匂い、自分の慣れ親しんだ日常とまるで異なった世界が同時に存在して、回っていたんだということを知った時のあの感動が恋しい。

今これを書いている瞬間もあの世界は存在していて、あの時会った人たちも今も暮らしを営んでいるのかと思うとなんだか不思議である。あの時話した店員さんも案内してくれた人たちも、みんな元気にしているかな。病気にかかっていないといいな。


小さな頃から、高速道路や離陸したばかりの飛行機から遠くの街を眺めている時「あの小さく小さく見える家にも一つ一つ暮らしがあって、一つ一つの人生があるのかー」とか、「あのマンションを真っ二つに切って断面図を見たらみんな違うことをしてて、違う時間を生きてるんだなー」と考えることがよくあった。フランスに行ったときは、「その遠くにあった街に実際に来てしまったんだ!」という感動があった。

いつかまた行きたいな。
この気持ちを今は原動力に、楽しくぽつぽつと描き進めようと思う。




2020-04-17

最高の城


なんかいつも、久しぶりにブログ書くとつい感情が入ってしまって熱くなりがちだから、肩の力抜いた日記でもつらつら書こう。本来そうあるべきものだよね、日記って。


最近は外食もしないし夏服も夏コスメも全然買ってない。じゃあお金の使い道は主にどこになるかというと、どうしても「暮らし」に向かってしまう。

というわけで、最近買ったちょっと気分があがったものたちのこと。





HARIOのリーフティーポット。
前はHARIOのまんまるの小さいやつを使っていたのだけど、ある日ぱきっと割れてしまったので今回は3〜4杯飲める大きめのものを買ってみた。
EDOBIOのハーブティーは日本茶とハーブをブレンドしたお茶で、玄米のまろやかさと香ばしさ、ハーブのホッとする香りが合わさって夜飲むとリラックス効果ばつぐん。

ハーブティーを飲むなんておしゃれな習慣今までまったくなかったし、夏でも冬でも根っからのアイスブラックコーヒー党だったけど、こういうものを取り入れると自分の身体はたしかに喜んでいる気がする。いつも酷使してごめんよ、わたしの身体。というわけでこれからは積極的に生活に温かいお茶を取り入れていきたいと思う。




ideacoのチューブラー。

これは結構長いことずっと欲しくて、でもゴミ箱に5000円か〜と思うとなかなか手が出せずにいたのだけど浮いた外食1回分だと思えばいいよね、と購入。

「袋が見えない」ってだけでこんなにも生活感が消え、こんなにも嬉しいものなのか…と驚いた。これ本当買ってよかった。というかもっと早く買えばよかった。

なんか、山崎実業とか無印良品とかボビーワゴンとか然り、こういうものと出会うといつも思うのだけど、デザインの世界って本当に奥が深いよなあ。

これなんてさ、ぱっと見は究極にシンプルだけど、重ねて持ち運びのしやすい仕組みだったりとか、袋が見えないようにする工夫とかゴミを入れやすいように傾斜が凝らされてあったり、部屋に置いてあるだけでなんかちょっと空間がいい感じになったり。もう全てが完璧で。こういうものを世の中に生み出せる人ってすごいよね。一つの目的を果たすためのデザインはできても、実用性と見た目何をとっても過不足ない至高のデザインってなかなか生みだせるものではないもんね。

工業デザインのこと全く詳しくないし、にわかもいいところなくらいの浅はかな言葉しかでてこないけど、本当買ってよかったー。嬉しいな。綺麗に使おう。
今まで使ってた、ホームセンターで700円くらいだったゴミ箱はキッチン行きです。




サラサデザインのウェットティッシュホルダー。
これを買うまではシルコットの市販ケースに入れてウェットティッシュを使ってたんだけど、まあ正直おしゃれかって聞かれたら全然おしゃれではないから、使い終わったら見えないところにしまうようにしてた。でも化粧するたび、帰宅してスマホ拭くたびにいちいち取り出すのが面倒だったので「部屋に置いてもダサくないウェットティッシュケースを!」と思って買ったのがこちら。

いやーこれも本当買ってよかった。全然ティッシュが乾かないし、コルクのふた開けやすいし、詰め替えもしやすいし、ざらつきのあるマットな表面も安っぽくなくていい感じ。
ボビーワゴンの天板に乗せてるんだけど、白でまとまってていい感じ。

ただ一つあれなのは、肝心の中身のシルコット除菌ウェットティッシュが全然売ってないこと。こないだ奇跡的にピュアウォーターの方は買えたけど、除菌が全然売ってない。
早く流通してくれますように。





これは、ZARA HOMEのオンラインショップで買ったロブスターの刺繍入りのエプロン。
手づかみで魚介類食べるレストランとかでよく渡される、エビの絵が描かれた紙エプロンみたいでかわいいから買ってみた。ザリガニみたいでかわいいね。



これもZARA HOMEで買った鼈甲色のキャンドルホルダー。サンタマリアノヴェッラのポプリを入れて、ひとつはベッドの横、ひとつは玄関に。
ちょっと前に、玄関に置いてあるアロマディフューザーをコートに引っかけて倒してしまい、床と靴がオイルまみれになるという惨劇に見舞われたので同じ轍は踏むまいと今回はこのポプリに。これいい〜匂いで昔から大好きなんだ。久しぶりに引っ張り出した。なんか昔住んでた部屋のこと、いろいろ思い出すね。

本当は憧れのマドエレンのストーンポプリにしようかと思ったけど、ちょっとお値段がかわいくないので何ヶ月間か外食を我慢して「よっしゃ外食代浮いたな!」と思ったら購入することにしよう。



これは最近足先が冷えなくなってきてようやく出番を迎えたすみれ色のバブーシュ。色が好き。近所の雑貨屋さんにて。



あとは和歌山県の大好きな梅干し屋さんから梅干しをお取り寄せしたり、通販で洗面所に置くバスタオル収納ラックを買ったり。

あとあと、ちょっといい枕を買おうと思っていろんな枕のレビューを見漁って、テンピュールの一番スタンダードなやつを買ってみようかなぁと悩んでいるところ。
本当は店舗に試しに行きたいけど、今はなかなか行けないから口コミだけを頼りにいちかばちかで買ってみようかなーと。枕って相性あるから慎重になるね。



こんな感じでわたしの部屋は着実に、最高の城になりつつある。


わたし本当に空間づくりのセンスが壊滅的にないから、インスタグラムで見かけるようなシティー感溢れるおしゃれでこなれた部屋は決して作れないけれど、「わたしんちって最高なんだぜ!」と声を大にして言えるような空間に着々となってきている。

大好きな本も、漫画も、音楽も、映画も全て揃っている。


今は何かとピリピリ耐え忍ぶ時だけど、せめて家くらいは自分の好きなものに囲まれて、楽しむ心でいられるようにしよう。






2020-04-16

爪先で立つ


・2020年、あっという間に今年も3分の1が過ぎ去ってしまった。

早くも今年はいろんなことがあり過ぎて何から書けばいいのかわからないのだけど、まず言えるのは、最後にこのブログを書いた2019年12月31日の世の中と今の世の中はまるで変わってしまったということ。

近い将来、教科書に大々的に載るような時代を今のわたしたちは生きているんだろうなと毎日考えてしまう。当たり前だったことが当たり前じゃなくなって、人間関係もちょっとしたことでピリついて、沢山の人がフラストレーションのはけ口をインターネットにぶつけている。「まさかこんなことになるなんてなあ」が毎日すごいスピードで更新される。


もともと在宅仕事ではあるものの、「家にいなくてはならない」という状況下となると心持ちも多少は変わる。決まっていた広告漫画の仕事も、外出を促すメッセージ性があったため今は時期的にそぐわないということで白紙になったりした。

決して他人事ではなく、ニュースで流れる恐怖があまりに身近に差し迫ってきている気がして、明日はいよいよ我が身だと、戦々恐々とした気分になる。


今年に入ってからドラマ化が決まったり、単行本が発売になったり、お祝いをしてもらったりと嬉しいこともたくさんあった。本当は、そんなものすごいハッピーに満ちた日のことだけ書けたらよかったけど、今は手放しに喜んでいられない状況なので、こんな気持ちでつらつらと書いている。今はただただ目の前にある仕事を全力でやることと、身の回りの大事な人たちの無事、そしてこの状況の収束を祈るばかり。


放送中のドラマを見ていると、本当にたくさんの人たちがこの作品に携わっていて出来上がっていることを知っているから、その人たちにただただ言葉にならないほどの感謝と、申し訳なさと、どうかずっと何もなくみんな無事に元気でいてくださいと思う。

はーほんと、すごい春だよなぁ。
こんな気持ちで日々過ごすこと、今まで生きてきて一度だってないよ。
とんでもない春だよ。





・新しい暮らしのスタイルについて。


まず朝起きて、原宿のヨガ教室がインスタライブで毎日行っている45分間の朝ヨガレッスンをやる。運動不足で凝り固まった筋が気持ちよく伸びていい感じにほんのり汗かいて、水もたくさん飲んでスッキリしたところで朝昼兼ねたご飯を食べ、カリカリ仕事して、区切りのいいところで夜ご飯を作って、お風呂はいって、寝る。ひたすらこの繰り返し。


食料と日用品の買い出しは毎回ちょっとしたイベントのように意気込むようになっていて、だいたい毎週水曜日に1週間分の食材と必要なものを買いに行くようにしているのだけど(天気が悪かったら前後ずらす)、近所の薬局とスーパーに行くだけなのに道順ひとつ完璧な動線を考えて、とにかく一切無駄なく動くためにアクション一つ一つをずらりと書き出したメモを片手に、全くその通りこなすようにしている。そして家に帰ってきたときにはどっと疲れている。遂行中の脳内BGMはミッションインポッシブルのテーマ。


わたしの仕事をする上での重要なガソリンだったスタバも休業、仕事の打ち合わせは電話かスカイプ上のみ、唯一電車に乗るのは1ヶ月に1度の歯列矯正のワイヤー調整の日のみ。歯医者に行く日なんてもう、ウイルスにぶつからないように戦場を突き進む電撃イライラ棒になった気分である。


せめて食事だけでもしっかり栄養取ろうと毎日献立をしっかり考えて自炊するようになったり、ベランダに出て数分間でも日光を浴びるようにしたり、家から出られない分部屋に置く雑貨や香りものとかちょっとしたもので気分を高めていこうと心がけるようになった。

この暮らしに定まりつつなるまでにかかった時間、なんと1ヶ月足らず。ものすごいスピード感。これからさらにまた色々変化して行くんだろうな。正直不安なことの方が多い。


でもこういう不安な時だからこそ、人の優しさがとてもありがたくて。

わたしは本当に愚かな人間だからすぐ俯瞰で物事が見えなくなって、思い上がったり間違いとか後悔ばっかりして、ふと我に返った時に何もない自分が嫌になって、自滅することが多々あるんだけど、そういう時でもいつも人には優しくいろよ、そのことを忘れるなよ自分、と思う。


こんな大変な時でも自分の作品読んでくれたり、温かい言葉を投げかけてくれる人、居場所与えてくれる人、身体の心配し合う家族だったり、面会謝絶の介護施設から応援の電話をくれる祖母がいること、その全部がどれだけありがたいことなのかいつも忘れないように。自戒の念を込めてここに書く。本当人って隙あらば自分だけでなんとかしてきたとか勘違いしたり、忘れるからね。


まだまだ自分はふわふわ浮ついてて、本質的なこととか自分が大事にしたいことに対してまっすぐ向き合って生きていない気がするなぁってこの暮らしを送るようになってからさらに強く思うようになったから、有り余るほどのこのパーソナルな時間をせっかくだから有意義に送ろう。


ただただ忙しく過ごしてて何をすればいいかもあんまり考えずぼんやりしてた時は、悩みもしないから答えももちろん出なかったけど、今はこの時間があったおかげで何ができるのか何をしたいのか悩み始めるようになって、徐々に自分の中から自然と答えを導き出せたから、あとは少しずつギアを入れ替えて、ちょっとずつ突き進もう。

悠々として急げ、だね。
開高さんはなんて素敵な言葉をこの世に残してくださったのか。

座右の銘を改めて、心に刻もう。